7. 自己過程
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1. 自己への注目
1-1. プロセス(過程)としての「自己」
前章では自分に関する知識と評価の集積体として捉えていた
「社会的過程の中で生じ、機能する」もの、あるいは「社会的文脈のなかで構造化していく」もの(中村, 1990)) 「自己の姿への注目」
「自己の姿の把握」
「自己の姿への評価」
「自己の姿の表出」
1-2. 自覚状態
自己の二重性
客我=注意が外部環境ではなく自分自身に向けられている状態の社会心理学での呼び方 鏡に写った自分を見たり、カメラを向けられたり、集団の中で少数派になったりしたときには、このような状態になりやすい
自覚状態では、現在の状況に関連した正しさの基準(自分の理想や社会規範など)が顕在化し、現実の自己との比較が行われる
そして基準に到達していないと判断された場合(負の不一致)には、自己への注意を回避するか、基準に合わせるべく行動を調整して、不一致を低減させようとする
そのため自覚状態では、向社会的行動が促進する一方で、反社会的行動が抑制される(→9. 対人行動) 鏡で客体的自覚状態となり「他者(女性)に優しい自分」といった自己の理想の姿が意識化されたためだと考えられる
自分自身に注意が向かず、集団の中で埋没してしまって、周囲の人々も自分を個別の存在として捉えないような状況
没個性化した状況では、現実の行動を基準と照らし合わせて適切かを照合することがなくなり、社会規範に反するような行動が現れやすくなる
ジンバルドは、実験参加者に白いフードをかぶらせて、誰であるかを特定できない状況にした条件(匿名条件)のほうが、顔出し名札をつけさせた条件(非匿名条件)よりも、他者に長く電気ショックを与えたことを報告している(Zimbardo, 1969) 1-3. 自己意識特性
自己に注意が向く(自己意識)程度には、個人差があることが知られている 注意が向く側面によって、自己意識は2つに分けられる
他者から見られている自己の外的な側面に注意が向きやすい傾向
自分の容姿や振る舞いなど
他者が直接的にはうかがい知ることのできないような自己の内的な側面に注意が向きやすい傾向
自分の感情や考え、態度など内的なもの
これらの個人差(自己意識特性)を測定するために、よく用いられる 公的自己意識、私的自己意識のほかに、他者の存在によって動揺する程度を表す対人不安という下位因子から構成されている 公的自己意識の高い人は、他者からの評価を気にしやすく、社会的な基準に沿って行動する傾向があるのに対し、私的自己意識が高い人は自身の基準に沿って行動するため、態度と行動の一貫性が高いと言われている(→5. 態度と説得) 2. 自己の表出:自己開示
特に見返りを期待することもなく、自分のことをありのままに相手に打ち明けようとする行為
2-1. 自己開示の機能
感情の表出
自分が考えていること、感じていることを他者に話すことは、それ自体がカタルシスをもたらす また、感情表出は、口頭ではなく筆記による自己開示も有効
自己の明確化
自己開示をすることは、自らの考えや感情が明確化し、自分に対する理解が深まるといった効果があることも知られている
自己開示には開示する相手が存在するため、他者を意識することによって、自覚状態を経験する
そのため曖昧な自己を嫌い、自己の態度が明確化される 社会的妥当性
他者に対面で自己開示を行うとき、多くの場合、相手から開示内容に対して何らかのフィードバックを受ける
それにより、自らの考えや感情の妥当性を評価することができる
関係性の発展
ここまでに示した機能は自己開示をする側の効用だったが、自己開示は開示の対象に選ばれた相手にも効用をもたらす
開示相手に選ばれた者は、自分が開示者にとって特別な存在であること、好意や信頼の対象であることが暗に示されるから
自己開示を受けた者には、自分も自己開示をすることで、それに応えるといった返報性が見られる(後述) 社会的コントロール
自己開示は、他者が自分に対して抱く印象や、他者との関係性をコントロールするために戦略的に用いられることもある
相手に開示する内容を調節したり、開示する相手を調節するといったことが行われる
ただし、このようなタイプの自己開示は、あとから説明する自己呈示との区別が難しい 2-2. 自己開示の返報性
他者から何らかの恩義、恩恵を受けたら、そのお返しをしなければならないという、暗黙の社会規範(→5. 態度と説得) 社会的動物である人間が他者との関係を持続させるには、互いの損益にバランスが取れている必要がある そうでなければ、次第に不公平感が募り、関係が解消されてしまう(→8. 対人関係) 既述のように、自己開示は開示を受けた相手にとっても利益となるため、自己開示には返報性が見られる
自己開示が繰り返されると、相手に理解されているという感覚とともに、相手についてもよく理解しているという感覚が得られるため、両者の関係は親密化していく
このような関係性の進展は、さらなる自己開示を促す
自己開示の返報性は、単に自己開示には自己開示で応えるというだけでなく、自己開示の広さ(範囲)や深さ(程度)にも釣り合いがとられる
関係性の伸展に伴って、徐々に広く、深くなっていく
したがって関係初期に行われる自己開示は、その内容、程度ともに他愛もないものとなるのが一般的
こうした暗黙の規範に反して、会って間もない他者に、いきなりごく個人的な悩み話を打ち明けると、打ち明けられた側は、返報性によって同程度に個人的な話をすることを求められているように感じられるため、それを嫌って、むしろ関係性が断ち切られることもある
3. 自己の表出:自己呈示
私達は、常に他者に対して真の自己の姿を示しているわけではない
ジェームズ「厳密に言えば、一人の人は、彼を認め彼のイメージを心に抱いている個人の数と同数の社会的自我を持っている」(James, 1892) 私達が日々、相互作用する相手は、私達に対して、異なる姿をイメージしている
私達自身が、相手や状況に応じて異なる自己を表出しているから
相手が自分に対してある特定の印象を抱くように、本来とは異なる自分の姿を伝えること
私達が自己呈示を行うのは、そういった自己の表出により、自分にとって有利な状況を作り出そうとするため
ただし、相手に形成させようとする印象は必ずしも肯定的なものではなく、あえて否定的な印象を相手に抱かせることで有利な状況をつくろうとすることもある
恐ろしい人、かわいそうな人など
3-1. 自己呈示の方略
以下の側面から
求められる帰属: 特定の他者からどのような印象で見られようと欲するのか
失敗した場合の帰属: その試みが失敗したとき、どのような印象で見られる恐れがあるのか
相手に喚起される感情: どのような感情を相手に生じさせれば目的が達成されるのか
典型的な行為: 具体的にどのような行動があるのか
自己呈示の方略を次の5つに分類
相手から好意的に見られることを目的とする方略
意見の同調をしたり、お世辞を言ったりするのが典型的な行為
自分が能力のある人間だと見られることを目的として行われる自己呈示
自分にはこんな業績があるとか、自分はこんなことができると主張するのが典型的な行為
自分は道徳的に価値がある立派な人間であるという印象を他者に与えようとする自己呈示
自己犠牲的に他者の援助を行うなどが典型的なものであり、なかには内在化された価値観によって、何の見返りもなくそうした努力をする人もいるが、そのような例は稀だという
脅迫したり、攻撃的に振る舞ったりすることで相手に恐怖心を抱かせるもの
危険な人物だという印象を与えることで、自分の要求を飲ませたり、自分にとって都合よくことが運べるようにする
威嚇と同様に、否定的な印象を相手に与えることを目的とした自己呈示
この場合、自分が弱い存在であることや、能力がない人間であるという印象を相手に与えることで、相手から慰めや援助を引き出すことができるが、それにより自尊感情が低下してしまうこともある
table: 表7-1 自己呈示方略の分類(Jones & Pittman, 1982)
自己呈示の戦術 求められる帰属 失敗した場合の帰属 相手に喚起される感情 典型的な行為
取り入り 好感が持てる 追従者・卑屈・同調者 好意 自己描写・意見同調・親切な好意・お世辞
示範 価値ある・立派な 偽善者・信心ぶった 罪悪感・恥 自己否定・援助・献身的努力
威嚇 危険な うるさい・無能・迫力なし 恐怖 脅し・怒り
哀願 かわいそう・不幸 なまけ者・要求者 養育・介護 自己非難・援助の懇願
3-2. 自己呈示の機能
社会関係における報酬の獲得と損失の回避
e.g. 上司に取り入ることで好感を持たれ、昇進が早まる
e.g. 自己宣伝をすることで周囲から能力があると思われれば、尊敬され、自尊感情が向上する
望ましいアイデンティティの確立
当初は、望ましいイメージの演出のために、本来の姿ではない自己を表出していたとしても、それが次第に自分のアイデンティティになっていくことがある
後述
自己呈示は成功すれば様々な利益を得られるが、本来の自分を表出するものではない以上、常に失敗の危険性がある
3-3. セルフ・ハンディキャッピング
e.g. テストの日に全然勉強していないと吹聴する
広義では自己呈示の一種
失敗が予期される事態で自己の印象が否定的になることがないように、自己の表出を操作している
ここまでに紹介してきた自己呈示は、相手に特定のイメージを与えられるように積極的に働きかけるものだったのに対し、相手に特定のイメージを抱かせないように行為する消極的な自己呈示といえる
単にことばだけで主張するに留める
実際にハンディキャップとなる状況を作り出す
他の自己提示と同様に、自己呈示が失敗した場合には様々な弊害が生じる
いつも主張的なセルフ・ハンディキャッピングをする人は次第に信用されなくなる
獲得的なセルフ・ハンディキャッピングを繰り返し、努力を怠っていると成長が阻害されてしまう
一時的には自尊感情を維持・高揚する機能を持つとしても、長い目で見れば望ましい自己表出の方法とは言えない
4. 自己呈示の内在化
現在の状況を評価し、望ましい基準(目標)に向かって自分の認知、感情、行動を調整すること
4-1. 制御焦点理論
自己制御はプラスの状態に向かって行われることが多いが、マイナスの状態を回復するために行われることもある
2つの焦点
促進焦点: 自己制御システムには報酬の存在に接近し報酬の不在を回避しようとする 予防焦点: 罰の不在に接近し罰の存在を回避しよううとする どちらの焦点が優勢であるかによって、動機づけや行動制御の仕方が変わる
促進焦点が優勢のとき
報酬に敏感になるため、理想や希望を追求しようという動機づけが高まり、多少のリスクを犯しても、積極的にそれらを追求しようとする
予防焦点が優勢なとき
罰に敏感になるため、リスクを避け、義務や責任を全うしようとする
2つの自己制御システムは、状況によって使い分けられるものだが、どちらが優勢になりやすいかは個人差もある
4-2. 自己制御の逆説的効果と認知資源
自己制御では、望ましい規準に向かって自己の行動が調整される
そのプロセスがかえって、意図している方向とは逆の結果を引き起こしてしまうことがある
思考を抑制するためには、それをモニタリングする過程が必要だが、この過程が働き続けることによって、むしろ抑制しようとする施工内容に敏感になってしまうために、リバウンドが生じるのだと考えられている
加えて、自己制御には認知資源が必要であるため、その資源を割くことを停止したり、そもそも資源を割くことができない状況では、監視対象が思考に侵入してしまうのだと考えられる 認知資源は無限にあるわけではないので、特定の目標の達成のために資源を使いすぎると底をつき、他の目標達成のための資源を割けなくなってしまう
自己制御のための認知資源はしばらくすると回復するが、それまでの間は資源不足のために自己制御がうまく行えない